新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『映画 ゆるキャン△』と地域振興

『映画 ゆるキャン△』見てきた。

舞台は原作・TVアニメの数年後、名古屋の出版社で働いているリンのもとに、山梨県で地域振興の仕事をしている千明が訪ねてくる。リンの何気ない発言をきっかけに、富士川町高下地区にある使われなくなった施設をキャンプ場に改造する計画がスタートする。

キャンプ場のコンセプトは「再生」。なでしこ達5人は、慣れない肉体労働に悪戦苦闘しながらも、その場にある建物や廃材を有効活用しながら、キャンプ場作りを進めていく。

劇場版が原作・TVアニメと異なるのは、「衰退していく地方」と「町おこし・地域振興」という部分を全面的に押し出してきたことだろう。高齢化が進む農村、放棄された施設、廃校になる小学校。TV版に出てきたキャンプ場のような明るく暖かい場所だけでなく、どこか物寂しい地方の「現実」が描かれている。

そもそも、日本の地方都市や田舎を描いた作品は数多くあるが、地方の現実的な問題がクローズアップされることはかなり少ない。アニメに描かれるのは、ある意味理想化された架空の「田舎」である。

そのような中で、あえて地方のリアルな姿を描いている異色な作品が、『ゆるキャン△』と同じく山梨県を舞台とする『スーパーカブ』ではなかったか。そこでは、様々な公共施設や交通機関が廃止となって、原付が無ければまともな生活も送れない地方都市の現実が描かれる。

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一方、町おこしを中心テーマとした作品として『サクラクエスト』が挙げられる。5人の主要キャラが市役所や地元商店会などと交渉しながら様々な地域振興策を進めて行く構図は、まさに今回の劇場版『ゆるキャン△』と同じである。

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そこには高校時代のキャンプのような、ユルくまったりした雰囲気は無い。キャンプ場作りはもちろん本人の楽しみという面もあるが、あくまでも地域振興であり、「仕事」なのだ。綿密な計画を立て、上司を説得しながら仕事を進めなければならないという点で、学生時代のキャンプとは決定的に異なるのである。

これはまさにアニメ製作と同じではないかと思う。本作に携わった製作スタッフの多くも、なでしこやリンが初めてキャンプをした時のように、子ども時代にアニメに夢中になった瞬間があったに違いない。そして、アニメ製作を本職とするようになり、そこで初めて、ただ面白いだけではない、アニメ製作現場の苦悩を目の当たりにしたことだろう。これはあくまでも私の想像だが、本作のスタッフは、彼ら自身と、キャンプ場を作るなでしこ達とを重ね合わせて見ているのかもしれない。

さて、県の協力も取り付けてキャンプ場作りに邁進するなでしこ達だったが、敷地内で縄文土器が見つかり、遺跡発掘のため計画は白紙に戻ってしまう。その後、山奥の温泉でしみじみと語り合うなでしことリン。大人になって、使えるお金も増えて、高校生の時よりもやりたい事ができるようになったけど、それでも全てが上手くいくわけではないという現実。大きな社会の中で、彼女たちのできることはあまりに小さい。

それでも、千明は諦めずに計画を再検討し上司に掛け合う。そして計画は、縄文遺跡の展示と学習の場を兼ね備えた計画案へと変更され、キャンプ場建設は再開される。

ここで縄文遺跡を出してきたことで、物語はより一層、現実の世界とリンクしていく。というのも、地域にある遺跡の価値をどのように伝えていくかという問題は、まさに今、世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」のある地域が直面している課題に他ならないからだ。

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これらの縄文遺跡は、観光客向けに公園として整備され、資料館などが併設されている。だがそれは同時に、その地域の人々が遺跡の価値を正しく理解し、後世に伝えていくための教育の場でもあるのだ。地域の子ども達がその地域の歴史を学び、その地域に愛着と誇りを持って生きられること。それこそが、観光やインバウンドとは異なる、長期的で効果的な地域振興となるのだ。

地域振興とは、その地域に元々あるもの、その地域の歴史を活かすということ。縄文時代から連綿と続くその歴史こそが、その地域にとって何よりも価値のあるものなのだ。そして、地域振興は観光客のためだけでなく、地域の人のためのものでなければならない。本作はそうした強いメッセージ性が感じられる。

原作とTVアニメ版からあえて雰囲気とコンセプトをがらりと変えたチャレンジングな作品。賛否両論はあるだろうが、田舎を描くアニメとして避けては通れない部分を描いたとも言えるだろう。また、少しメタ的な見方をすれば、この映画自体が山梨の地域振興にも大きく貢献する作品と言えるだろう。